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森のフォーラム

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Re:短編小説
虎縞
[ID:tigerhalfowl]
  =或る画家=

 思えば、貴女と結婚したくらいの頃が、人生で一番貧乏だったけれど幸福だった。二人揃ってお腹をすかせていたけれど、私は結婚したばかりの貴女の肖像画をよく描いた。ローマのアトリエは日差しがたっぷり差し込んで、貴女は習作のモデルとなってポーズを取った。最強にひもじくて、ある時なんかパンの一欠片も無く、貴女に良い思いをさせてやれない不甲斐なさに涙が出て来た事もあった。貴女はそんな売れない私をよく慰めた。それも情けなかった。
 《ルイ十三世の誓願》をサロンに出品した。これが猛烈な反響を呼び、十八年ぶりにパリに戻った。注文は殺到し、名誉な賞を貰った。貴女と一緒に感激していた。生活は潤い、貴女に美味しい物を食べさせてもやれた。でも、画壇が過熱していけばいくほど、画家としては渇いて行った。
 十年ぶりにローマに行った。貴女と再びローマで暮らした。前のようにはひもじくなくて、弟子が出来て、休日にはヴァイオリンを弾き、そしてまた貴女の肖像画を描いた。時には、同じ画面に私自身の自画像を添えて。
 《オダリスク》を伴いパリに帰った。貴女を連れて壁画を描きに夏の城を訪ねた。いつか若い売れない画家としてイタリアにいた頃、経済的に困窮して、そこそこの金持ち暮らしをしていた友人を頼って二人でフィレンツェに行った事を思い出した。あの頃とは比べ物にならないくらい、私達の周りは豊かになった。貴女にも、新古典主義の旗手たる良き画家の妻という、聞こえの良い立場を与えてやれた。
 けれど貴女はやがて体を壊した。崩壊はどうしようもなくなり、貴女は死んでしまった。
 一年、仕事が出来なくなった。貴女の肖像画を眺めてばかりいた。ローマで描いた、あの貧しくてどうしようもなくて、ただ日差しの柔らかいだけの幸福な日々。絵の中の貴女は、お腹に赤ちゃんを育てていた。この赤ちゃんは泣き声を上げる事もなく、生まれ出でるなり死んでしまって、二人でおいおい泣いていた。
 そのうちに出会いに恵まれ、二番目の妻をもらった。二枚の《モワテシエ夫人》の肖像画を完成させる事が出来た。
 若い新しい妻には悪い事をしたと思う。良き伴侶ではあったが、貴女のようには愛せなかったから。
 肖像画の貴女は、幸せなあのローマのアトリエのままだった。画壇でどんなに成功しても、年をとっても、絵の中の貴女だけは貧しくてそれでも幸せだった、あの日のまま。

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